一日を台無しにする2つの言葉

一日を台無しにする2つの言葉は
①イライラする
②めんどくさい

この2つだと思います。

今日はこの2つの言葉が
なぜ一日を台無しにするのか?を
書いていこうと思います。

 

イライラするの一言で済ませてしまう怖さ

 

病院の外来でも若い方が
「イライラするんです」という訴えで
いらっしゃることも多く見受けられます。

病気になる前には免疫が下がっていることが多く
問診で

「最近、何か変わったことや疲れることがありますか?」

私が聞くのです。

そうすると

「イライラするんです」

とおっしゃいます。

 

イライラする。
これは、よく使う言葉ですか?

何かが思い通りにいかなかったり
誰かに気に入らない一言を言われたりした時に

「ああ、イライラする!」と
言いますか?

「イライラする」という言葉の何が良くないか?というと
「イライラする」という一言で
全てを済ませてしまうことです。

つまり
私は一体、何に対して、どう感じているのか?

という問いに対しての答えを
自分で出すことなしに

「イライライする」で済ませてしまっている、ということです。

もし、
「私は、〇〇の理由で怒っている」
「私は、〇〇の理由で悲しんでいる」
「私は、〇〇の理由で疲れ果てている」

と、きちんと言葉で答えを出していけば

「じゃあ、私は〜〜しよう」

と、前向きに対処することもできるでしょう。

 

このような理由で一日のうちに
何度も「イライライする」という言葉を使っていると

どうして自分がイライライしているのか?を
具体的に考えることなしに

イライライして、おしまい

嫌な気持ちになったまま、おしまい

結局、自分の一日を台無しにしてしまう結果になります。
とても勿体無いことだと思います。

 

めんどくさい

 

「めんどくさい」が口癖になると
じゃあ、一体何だったら、自分はめんどくさくないのか?が
わからなくなるほど

一日の全てがめんどくさくなりませんか?

私はかつて、一日が早く終わりさえすればいい、と
投げやりに過ごしていた時期がありました。

その当時は何をするのもめんどくさい、
人の話を聞くのもめんどくさい、
家事もめんどくさい、
子供の世話もめんどくさい

何もしたくない

そんな甘え腐った時期がありました。

めんどくさくなると
全てがめんどくさく
一日中、何もしたくなくなるのです。

誰か、何か、いいこと持ってきてくれないかな。
誰か、何か、楽しいことしてくれないかな。

そうやってひたすら、他人のせいにして
自分では何もせずにいたものです

めんどくさい。

これを言ったらおしまいだ、と
今は思います。

例えば、皿一枚洗うのでも
めんどくさいな、と思って洗うのと
綺麗に洗おう、と思って洗うのでは

結果は全く違います。

皿一枚、洗うのでもそうなのですから

一日の自分がすること、しないとならないこと、
これらの全てについて

「めんどくさい」と思ってやるのと
「今は、私は皿を洗っている」
「今は、私は人の話を聞いている」
「今は、私は子供と布団でぬくぬくしている」etc.と自覚してやるのでは

全く一日の感じ方、受け取り方、が変わります。

同じことをするのなら
めんどくさい、と言わずにやった方が
自分の一日が、とても良いものになります。

シンプルです。

めんどくさがらずに
淡々とそれをやるだけです。

目の前にやってきたことを
淡々とやる。

無感情になれ、ではありません。

目の前にやってきたことを
一生懸命、淡々とやるのです。

とても気持ちがいいです。

 

私たちが選べることはほんの些細なことだけです。

今は、「自分で決めて自分がやる」ということが
とても尊いことのような考え方も多く見られますが

「自分で決めて自分でやれること」なんて
ほんのわずかです。

ほとんどのことは
「自然の流れで、自分の目の前にやってきたこと」では
ありませんか?

それについて、一生懸命淡々とやる。

私はそういう生き方でも別に
いいのではないか?と思うのです。

以前は私も、山を登る、川を上るように
自分で目標を決めて、あるいは自分で得るのだ、と決めて

それに向かってひた走ることが偉いのだ、と
信じて、それをやってきました。

が、今はそうでもないのです。

「自然の流れで、自分の目の前にやってきたこと」について
自分で好き嫌いや、損得の判断なく

与えられたことを一生懸命淡々とやる。

これもまた、生き方の一つだな、と
思うようになりました。

 

いずれにせよ
一日を過ごす時に

「イライラする」
「めんどくさい」を言わずに

きちんと言葉で自分が何に対してどう感じているのか?
めんどくさい、の一言でまとめてしまっていいのかどうか?

頭の片隅に意識してみると
同じことをする一日でも
まるで違ってくるので不思議です。

難しく考えることもないのだ、と思います。

,.



*************************
内科医の私がなぜ、情報発信をしようと思ったのか?
また、私自身が生きづらさからどのように
今、気楽に適当にニコニコと生きるようになったのか?

その過程を書いた記事をこちらで公開しています。

女医とも子物語

**************************
2000人が登録しているメルマガ

【メルマガ 女医とも子の40000人を指導してきてわかった本当の健康の話を読む】

無料メルマガ「女医とも子の40000人を指導してきてわかった本当の健康の話」では
健康や、心のこと、日々の暮らしがどうしたら楽になるのか?
あるいは、人間関係について、子育てについて、
深く掘っていきます。
まずは自分を観察し「生き方の癖」を発見したり
「抑圧してきたものたち」に気がついたり、
「自分の内側から良くなる力が湧いてくる」ようなものになっています。
心と身体は別々ではありません。
自分の心を見ることなしに
他人や世間の目ばかり気にして見ていたのでは、
抑圧された心のひずみは身体に表れたり、
「まったく自分の思い通りにはならない日々」が続きます。
まずは自分を振り返る。
これまで見て見ぬ振りをしてきた自分を慈しむためのメルマガです。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です