「自分はまったくダメだ」と思った時読む記事。

 

固定観念にしばられていることに気がつかず「苦しくてもやる!」

悩み続けてしまうケースがとても多いです。

「どうして自分はそう、思い込んでるんだろう?」

そこに一度フォーカスを当ててみましょう。

 

固定観念てなんだろう?

 

「お金を稼ぐのは大変なんだからムダ遣いしないでね。」と、

私は、かつて子どもに言ったことがあります。

「どうでも良いものを安易に買うのはよくないから、

本当に欲しいものだけ、吟味したら、買おうね。」本来は、

そういうことを子どもに伝えたかったのです。

 

「お金を稼ぐのは大変なんだからムダ遣いしないでね。」これは、

「お金を稼ぐこと」+「苦労」

っていう私の固定観念子どもに植え付けていたということになります。

私がいつも「お金を稼ぐのって大変なんだよ」と思っていたからです。

「お金を稼ぐために仕事をしなければならないのは、辛いよ」と。

幼い頃から、親に言われたことは、

意識しなくても脳内に染み付いて私たちの行動を

決定付ける因子になっていますものね。

 

「大人になったら、結婚するものだ」

「自分で稼げないうちは、半人前」

「他人を先に、まず親切にしてあげるものだ」etc

 

世間体という言葉があるようにその世間、つまり、自分の周りの世間で

多くの人が、98%の人が信じている

まかり通っている固定観念もありますよね。

98%の人がそう信じているとそれは、

「常識」とも変換されてくるようになります。

「常識でいえばさ〜、子どもに習い事させないなんて信じられないよね〜」

「常識的に考えたら、義親の面倒をみるのは、当然だ!」etc.

 

観念とは、「何か」+「何か」を個人個人が好きなように 組み合わせ、

そのままの状態になったものです。

先ほどの例で言うと

「大人」+「結婚」 「お金稼ぐ」+「苦労」 「他人」+「まずは親切に」etc.

これは、観念です。

何をくっつけても自由な中で、その人が好きに選んだ組み合わせ観念になるのです。

そしてそれが強くくっついて固定化されてしまったものが「固定観念」なのです。

 

植え込まれた固定観念

 

固定観念は先ほども書いたとおり幼い頃から

周りの大人たちの固定観念に触れるうちに

生きてる全員がそれを持つようになります。それが普通です。

そして目の前の現実はその人が固定観念によって創り上げているのです。

つまり、「これはこういうものだ」という固定観念の元に

自分で選択をし続けてきた結果が

今の私たちそれぞれの現実になっているのです。

 

 

たとえば、一日3食食べるのが普通。

そうすると、結婚して自分の家族ができても

一日3食食べるのが普通な家庭になりますね。

結婚したら、家くらい持つのが普通。

そうすると、金銭的に苦しくてもどうにかして、マイホームは建てないといけない、と

思っているので無理をしてでも忙しく働き、

鬱になってでも数千万のローンを組んでマイホームを買ってしまう。

マイホームを持つのは嬉しいけど苦しい。

これも、結構多くの人の固定観念な気がします。苦しくても、やる、みたいな。

 

余談ですが、私は、マイホームから賃貸マンションに住んでみて

別に、人は屋根があって、寝る場所があって料理するスペースがあれば

どこでも暮らせるな、と感じています。

マイホームを持つことでしあわせになるひともいます。

でも、マイホームがなければしあわせになれないわけではない、ということですね。

マイホームがあっても家庭が普通に崩壊することすらあるのですから。

そして災害などの時にマイホームはリスクです。

引っ越しも、できなくなります。

例えば、その地域になじめない、隣人がとんでもない人たちだった、

そんな場合でも泣く泣く、我慢して、

マイホームがあるから、そこに住み続けなければならないのは、

わたしにとってはものすごいリスクだな、とも考えるようになりました。

 

話を元に戻します。

そのようにして物心ついたころからできあがった

「こういうもんだ」という固定観念があるからこその「悩み」が生まれてきます。

生まれたときは悩みなんてない。全部、大丈夫だ、と信じていました。

そして、実際、大丈夫なのです。

が、「全部大丈夫」だということを忘れてしまい、

抱え込んだ無数の固定観念で悩むのです。

 

「奥さんは、こうでなければならない」

「良い母は、子どもに叱ったらいけない」

「ママ友と仲良くしてないと、居場所がどこにもない」

「言いたいことを言わずに、周りにあわせてるのが無難だ」

「結婚したら、自分のことなんて、後回しにするべきだ」etc.

 

固定観念のしばりから抜け出すためには

悩みの多くは固定観念によるしばりからくるものです。

誰も、そうしなさい、って目の前で誰かが言ってるわけではありませんものね?

でも、自分がそうだ、と無意識に信じてきたから、

「そうせざるをえない。でも、できないし、がんばれないし私って、ほんとにダメだ」

 

どうしたらよいでしょうか?

永遠に、そのループから抜け出せないのでしょうか?

イヤだ、と言いながら、でも、ずっと慣れ親しんだ固定観念に従って生きることは、

安心でもあるのです。イヤだけど、変えるのは怖い。

固定観念とうルールを変えることで目の前の現実も変わるからです。

 

「私は自分らしくこんなに息苦しい思いでこのままいくのはイヤだ」ということであれば、

邪魔な固定観念は書き直していいのです。

自分が悩んでいることは創り上げた固定観念による幻だとしたら、

それを書き換えることができます。

 

書き換えは簡単です。固定観念は

「何か」+「何か」を個人個人が好きなように 組み合わせ、

そのままの状態になったもの。 

それの「何か」「何か」の組み合わせを変えるだけです。簡単です。

固定してしまった、固定観念を固定から外す。中身を変える。

自分をあれだけすばりつけていた「ルール」はいとも簡単に

書き換え可能だったのです。許可なんてなしで、良かったのです。

誰もそれを教えてくれませんでしたね!

「常識は守るのが大人として当然」とお互いがしばりあってきましたね。

もう、それはしなくてもいいのです。

 

固定観念を外したあとに

 

先ほども書いたように「固定観念を変えると目の前の現実も変わる」のですね。

自分で選択することが、変化するのですから当然の結果なのです。

人は「変化をしないこと」に安らぎを感じます。

安定、安心を好みます。それがいかに、今の自分にとって辛い状況でも

変化をするよりは、現状維持を好む人がほとんどなのかもしれません。

 

でも、人生=時間=命=有限なのです。

「いったい自分は今のままでよいのかどうか?」を考えてみるのです。

生き方は人それぞれなので、自分はそのままでいくよ、でもいいのです。

ただ、誰にでも少しの変化によって、まだまだ楽になったり、楽しく過ごせたり

今よりもっと頭が良くなって活躍できる場所があるのです。

あるいは、心をひらいてコミュニケーションができるようになったり

これまでの人間関係とはまったく違う人間関係が築けるようにもなるのです。

 

 

今いる世界と、まったく異世界に私たちはいつでも

いくことは可能なのです。

それを、「ここがいいや」と選ぶのか「あっちへ行ってみよう」と選ぶのか

それもまた、これまでの自分のルールを大事にするのか、

今日から新しい自分のルールを適用してみるのか

分かれ道でもあるのでしょう。

 

今もし、「やだ!もう!」って思っているのなら、

持ってる固定観念を書き換えることで「しあわせ~」になれるということです。

 

私はせっせと固定観念を書き換えてきました。

「お金を使ったら減るのではなく、お金によって得ているものがたくさんある」

単なる数字の増減で一喜一憂するのではなく

お金による自分の変化、周りの変化、状況の変化を楽しむようになったからです。

 

最初は、「え、いいのかな?こんな考え方で」と不安に思いました。

たとえば「お金を稼ぐのは、大変だ」です。

以前は「家族のために私が苦労してお金を稼いでいる」と思っていたので、

仕事が本当に苦労でした。

仕事の日の朝なんて、「あ〜、これから苦行だ〜」と

家事をしながら朝からイライラしていました。

 

そして、稼ぐ額は十分あっても「いつもお金が足らない」ように思って、

「これじゃ足らないから、もっと苦労して稼がないと」

「将来に向けて備えておかないとだから貯金をもっとしないと」不安でした。

でも、「お金がない」と思わなくなりました。

「いつも、お金は減っていく」という固定観念を書き換えたからです。

お金を使うことは、お金がなくなっていくことではなくて

今そのお金を使って自分の未来に投資している。

今、10万円投資したのなら、それを100万円にしてやろう

そういう気持ちでお金を「今」使っています。

「貯金をしないと、将来が不安」はまったくなくなり

むしろ、今使わないことの方がとても恐ろしい、自分に投資せずに

老化、衰退、劣化していくことをただ、見てるだけの方が恐ろしいです。

固定観念にしばられてる?のサイン

 

「なんか、おかしいな」「なんか、苦しいぞ」と思ったら、

「おかしな固定観念に縛り付けられてないか?」を

確認しよう!と思うようにしてみましょう。

自分が苦しいのは、自分がダメだから、自分がまだまだ足らないから、

自分が至らないから、ではないかもしれませんよ。

おかしな、誰が決めたのかもわからないルールで自分自身を

単にしばりつけてそれを守るために、苦しいんでいるだけ

なのかもしれません。



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