自己啓発の落とし穴

人間は生きてれば向上心を持つのが
自然なことだ、と思います。
今よりいろんなこと、が良くなりたい、と願うのが
自然な欲求だと思うのです。

が、その向上心が行き過ぎると
体に無理をさせたり、心をすり減らしたり
有害になることがあるのではないでしょうか?

「今より良くなりたい」を叶えるためには
何をしたらいい、とみなさんは思いますか?

資格を取ることですか?
肩書きを持つことですか?
価値のある人と付き合うことですか?
価値のある人って一体何ですか?
お金を今よりもっともっと稼ぐことですか?
人に見栄えの良い持ち物を身につけることですか?
素敵ななランチを食べに行くことですか?

「今より良くなりたい」を叶えるためには
何をしたらいい、とみなさんは思いますか?

 

自分を活かしたいなら飾りを外す

今より良くなって自分を活かして人の役に立ちたい。
とても素晴らしい心構えです。
けれども、外来には
「人のためにするよりも前に自分の体と心を
きちんとしてから、が先なのでは?」
感じる場面が多々あります。

人から見て自分は価値がある人間か?
自分は世の中で活躍できているか?
人は自分に良い評価を与えているか?
私は人から感謝をされているか?erc. 

そのような気持ちが大きくなると
「自分らしく生きたい、個性を活かしたい、
自分しかできないことをしたい」と言いながら

逆に、誰かがやっていてキラキラして見えることや
誰かが持っている資格がすごい武器に見えて
自分も憧れのあの人の真似したくなったり
自分らしさから遠ざかってしまうのです。

今、ここにいる自分から大きく何者かに飛躍しようとしすぎて
新しい何かに飛び込んでも飛び込んでも
空回りしてしまい、疲労困ぱい、焦り、虚しさ、ばかりが
募ってしまい、さらには体調がいつもアップダウンして
落ち着かない。

「自分らしく生きたい、個性を活かしたい、
自分しかできないことをしたい」以前に
日々の生活が乱れて、幸せ感や、安心感や、ホッとする時間がなく
「私、どこか体がおかしいのかも」というような
様々な症状、頭痛、胃痛、腰痛、肩こり、生理不順、便秘下痢erc,に
慢性定期に悩まされることにもなるでしょう。

「自分らしく生きたい、個性を活かしたい、
自分しかできないことをしたい」のならば

まずは自分がこれまでたくさん身につけてきたもの

肩書き、資格、やらねばならないという固定観念、
似合わない見栄えの良い持ち物、無理をして着ている服、
本当に好きでもないけど人と同じ〜スタイルな暮らし方etc.
これら全て、見直すところから始めることです。

「自分らしく生きたい、個性を活かしたい、
自分しかできないことをしたい」と言いながら

キョロキョロ人と同じを探して
まずは人が持ってるものを持って
人がしていることをして
他人と同じになって安心してから、
それから「自分らしく生きたい、個性を活かしたい、
自分しかできないことをしたい」と言ってたのでは

いつまでたってもそれが叶うこともなければ
無理を重ねた結果心身のバランスを崩し
自分らしさどころか
まともに日々の暮らしができない状態になるのです。

自分らしさとか、活躍とか、夢とか、希望以前に
「自分は今日、まともな衣食住ができてるか?」
そこを見ずして
自己啓発云々はやることに意味がないのでは?と
私は思っています。

そのあたりも、新刊の本に書いてますので
興味があればお読みください。

 

「自分は今日、まともな衣食住ができてるか?」を見て
不要なこと、持ちすぎている持ちものをまずは整理することから。
自分をなるべく身軽にして
本来の「素の自分」に戻してから、でなければ
「自分らしく生きたい、個性を活かしたい、
自分しかできないことをしたい」を叶えるのに
一体、何をしたらいいのか?なんて
わかるはずがありません。

素質を理解してこそ、その活かし方がわかるのですから
当然のことだ、と思うのです。

誰かがやっていてキラキラして見えることや
誰かが持っている資格というすごそうな武器など、
素質がわかってないのに真似して取り入れたところで
自分が使い方がわからないけど、維持費がかかる
余計なもの、になりかねません。

大きく何者がに飛躍しようとしすぎて
新しい何かに飛び込んでも飛び込んでも
素質がわかってなければ
全く自分を活かすどころか、
自分があまり得意でも好きでもないところに
飛び込んで、楽しくない、我慢大会になってしまっている可能性すら
ふつうにあるのですから。

 

今より良くなってもならなくてもどっちでもいい

 

まずは肩の力を抜くことです。
今より良くなる、ことは
自然な欲求ではあっても
必ず今より良くならなければならない、ものでも
ありません。

今、この時を、今日を
感じて、味わって、生きているのだろうか?

私はそちらの方がよほど、大事だ、と思うのです。

今、この時、今日を
地に足もつけずに、空回りしてイライライして、目をつむって
とりあえず走り抜けていたのでは
「一体どうして私が?」という出来事が起こった時に
「もっと、自分がしたいことをすればよかった」とか
「もっと、身近な人を大事にすればよかった」とか
後になって後悔することが増えるでしょう。

別に、今より良くなっても、よくならなくても
どちらでもいいのです。

自分の価値なんてものは、そもそも
測れるものでもなければ、比べるものでもないし
ましてや競うものではありません。
価値なんて、後付けで他人が勝手に
決めること

だからこそ、そんなものを得ようとか、上げようとかして
今日をお粗末にしてしまう、自分の心身を痛めつけてしまう、のでは
元も子もないではないでしょうか?
私は、様々な症状を訴えに外来にやってくる方々を見ていて
そう、思います。

価値なんて追わなくてもいい。
素の自分に戻り、落ち着いて暮らすこと。
他人にお見せしなくてもいい。
人は自分のことなんて、さほど興味を持っていませんから。

 

大切なのは未来の良くなった自分より、今日の自分

 

野望をもつな、とは言いませんが
「未来の自分がこうなっているといいな」を追うあまり
今日の自分をいじめたり、無視し続けていると
ロクなことになりません。

今日の自分がどう思って、何を感じているのか?
今日の自分は何を欲しているのか?休息か、刺激か?
今日の自分は何を食べたがっているのか?etc.

自己啓発にのめり込むあまり
今日の自分、今の自分に無関心になってしまう人は
「今日の自分の延長が未来の自分なのだ」ということを
もう一度、確認してみることだ、と思います。

心地悪く過ごしている人が、心地よい未来に突然ワープすることはありません。
様々な症状が出ているのに病院に通うだけで
自分を振り返り、症状が出ている原因を自分の内側に問い合わせることをしない人が、
健やかな心身を持った肉体を自由に乗り回す未来に突然ワープすることはありません。

日々の暮らしの延長が未来の暮らしであって
突然、思い描く理想の未来にワープできるわけがないのです。

地味なことの繰り返しが筋力となり
今より少し良い未来に繋がるかもしれない、
それだけです。

新しいことを始めると
すぐに結果を出したがったり
すぐに他人から評価を受けるような成果を欲しがったりする人がいます。
が、ワープはないのです。
地味な繰り返しを続けられるかどうか?だけです。

焦ったり、早く結果を欲しがったりして
地味な繰り返しができないのなら

それは無理がどこかにあるのでしょう。

日々の生活にキラキラはあるといいけれど
キラキラしてなくても「しみじみ、いいな」っていうものだって
あるのです。

バタバタして体調も気持ちも荒れているのなら
一旦、自己啓発、今より良くなりたい、を脇に置いて
現在地点の自分の素質を見極める。
「現在の自分の素質を見極めること」をしたら、心も体も落ち着いて
本来の自分の力を発揮できるかもしれませんよ。

現時点の自分から目をそらして
痛いところをなかったことにしたり
見たくない自分を見て目を背けていたのでは
「自分がどうなりたいか?そのために何をしたらいいのか?」なんて
わからないですものね。

まずは現在地点の自分自身を振り返り
痛いところも、目を背けたいところも
見てあげること。
そのことについては
「自分が来た道を慈しむ」
に書きましたので、よかったらお読みください。
自分に厳しく、鍛え上げること、向上することばかり
考えていたら、そこには大きな落とし穴があるかもしれませんよ。



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