「どうして不安にならないのですか?」

カウンセリングをしていて、質問を受けました。 

「どうして先生は不安にならないのですか?」
質問を受けてみて、改めて
「どうして私は不安にならないのかな?」という答えを
まとめてみました。 

 

今、できることは一つ  

 

焦ったり不安になっている人の多くは
一度にあれこれといろんなことをしよう、手に入れよう、と
しています。 

人が今、できることは一つ、しかありません。 
目の前のことにしっかりと気を入れて取り組む。

例えば、朝ごはんを終えて、テーブルを拭く時
「ああ、この後洗濯を干してからメイクをして、
あ、ゴミもまとめなきゃ」と考えながら
テーブルをなんとなく、ざっととりあえず拭いてしまうと

テーブルは丸く拭かれたりして、きちんと汚れが取れてないばかりか
「私はテーブルは拭いたぞ」という
完結感、完了感、やったぞ、という気持ちにもなれません。

一日中、このように、目の前のことを気を入れずに
次にやること、今日やること、先々の心配事や不安ごとを
頭の中で妄想しながら、行為をしていたら

それは、「私、結局今日も何もできてない」
「一日中、こんなに疲れるまでやってるのに何もしてない」
「私ってどうなるんだろう」
「もう!忙しい!」

心が落ち着きません。

その上、今、していることに「気が入ってない」ので
実際に、していることがうまくいかない、何度も失敗する、
やり直す、結局時間がかかる、いらいらする、
周りのせいにする、自己卑下する

「気が入ってない行為」は手にものがついてない状態でしかないです。

結局、気が入ってなければ
地に足もつかず、ふわふわと滑っているような状態なので
不安にもなるのです。

 

今、疲れていて気が入らないのなら
一旦、止めて休んでみることも一つです。

私はいつも、目の前のこと、一つ、に
取り組むようにしています。
頭の中も、うるさくならないようにしています。

 

等身大の自分で良い、と思うこと

 

自己啓発ブームでもあり
「よりよい自分を目指してない人は意識が低い」というような
駆り立て感が、あちこちであふれています。

「私は意識低い系だ、と思われたくない」あまり
無理をして、今の自分より、「すごい人」にならなければならない、と
思う気持ちが強くなればなるほど

「なりたい自分と比べて、今の自分って….」
 

今の等身大の自分を、まともに見ることをせず
等身大の自分はなかったことにしたり
等身大の自分なんて、いやだ!と卑下したり
等身大の自分のままで行ったら、ああなる、こうなる、いやだ!

これですと、心が落ち着きません。

私は、今の等身大の自分が、自分だ、と
いい意味でも、いろんな意味でも
「そうなんだな」と思っています。

それ以外に、なれません。

だめだ、とも思ってませんし
まあまあ、いい線いってる、とも思ってませんし

等身大の自分について、感想はないです。
そのままだな、というだけで
それが何かと誰かと比べて、どうか?という視点が
ありません。

 

話が逸れますが
「人を動かしたいな」と思った時に有効な方法
「あなた、今のままの自分で満足してるの?いいの?そのままで」と
相手に「今のままの私じゃだめなんだ」という不安感や恐れを持たせる
人は「今のままの自分じゃ嫌だ、何か行動しなきゃ」と
意識を持つようになるのです。

よって、世の中に溢れる情報の多くは
「何かを売ってお金を動かすための広告」なので
その多くは「今のままの、あなたでいくとヤバイですよ」と
煽るものになっている、ということを
意識しておくことは、
インターネット上を散策するのが好きな方は知っておかないと

「ああ、私ってほんと、何もできてない」と
思い込んでしまうでしょう。

 

話を戻しますと、私が不安にならないことの一つに
「今のままの私が、今の私であり
それ以上でも、それ以下でもない」と思っていることです。

等身大の自分をまずは、そうなんだ、と受け入れています。
それに対して、だめなんだ、すごいんだ、と思っていませんし
そうなのだ、という事実を受け入れることで

「じゃあ、自分はここが足らないから、
何か勉強をしようかな」とか

「じゃあ、私は〜が得意だから、
それをもっと頑張ってみよう」と

無理に何かに駆られたり、
焦ったり、追われたり、無理したりすることなしに

誰かと比較して落ち込んだり、することなしに

自然体で取り組むことができるのです。

「人からすごい」と言われるために何かになろう、何かを手に入れようと
することほど、そうなれませんから
得られない不安感に苛まれるでしょう。

 

心が楽で、くつろいでいて
日常に満足しているのなら
別に何か今よりよくならなければならない、
欠点が一つもない完璧な人間にならねば、と駆られる必要もなく
今の自分でいいのではありませんか?

 

自分の手に負えないことだらけ

 

正直なところ、自分の手に負えないことだらけだな、と
思っています。

というのは、日本だけではなく
世界の激動を見ていると

どうしようもないな、自分の手には負えないな、

できることは、やっぱり
自分の手の範囲のこと、しかないのだから
目の前の家事を含めて、子育てや、自分の仕事、を
一生懸命やること、

心をいつも明るくいるようにすること
それくらいしか、私にはできないな
そう、思っています。

それ以外のこと、は起こることは起こるだろうし
起こったら、そこで最善を尽くせるように
心と体をなるべく元気に整えておこう。
そういう心構えでいます。

起こってもいないことを心配したり
そうなるかわからない未来を憂いたり
できもしないことに備えようとしたり
世の中の流れでどうしようもないこと、に悲観したり
自暴自棄になっても

それは返って、心を暗くしてしまったり
自分が今、できることをおざなりにしてしまうでしょう。

今、できる最善を尽くす、だって
完璧主義で、常にやっていたら
それはそれで、疲れるし、楽しくないし、明るくいられません。

今できる、最善を尽くす、だって
その時、その日によってできることは
違っていい、のです。

今日の、今の自分ができることをする。
疲れたや休む、止まる、だって
大事なことです。

 

私は自分が生きる長さについても
お任せしています。

健康、は大事ですが
健康にこだわりすぎ
長生き、時間の長さへこだわりすぎるのは辛い、と思います。

そりゃ、なるべく長く生きたい、のは
人の本能に近いものなのかもしれませんし
楽しく長く生きれたらそれ以上嬉しいことはありません。

が「長く生きれなかったらどうしよう」
「内臓のどこかが病気になったらどうしよう」
健康でない状態になることを恐れるあまりに
日々を、健康にすることが目的になってしまい

食べること、過ごし方、運動量、寝る時間に執着し過ぎれば
それは苦しくもなります。

そして、「長生きできなかったらどうしよう」
「年をとっていろんなことができなくなりたくない」
「ボケたくない」

そういうことばかりを心配して不安になっているのもまた、
人間は老化する、という自然の法則に抗おうとしているように思います。

人間は衰えるのが自然であり
年をとればできないことも増え
弱っていきます。

それは、いい、悪いではなく
そういうものだ、と心得ていないと

「そうなりたくない!」という不安は
年々、年を重ねるごとに、増して行きます。

自分がどれくらいの長さ、生きられるのか?こそ
自分自身で決められないし、わからないことであり
コントロール不能です。

コントロール不能だ、とわかった上で
今、できること、をすること、
投げやりにならないこと、
それができたら、不安はなくなります。

 

「自分は優れているはずだ」

この意識が強くなればなるほど
「できない」「わからない」を素直に言えなくなったり
できないのに、できるフリをして恥ずかしい姿になっていたり
できるフリに疲れてしまったり。

自分ならできる、という気持ちは大事ですが
自分はそれほどなんでもできるわけでもない、ということを
知っておくことも、また、同じくらい大事だ、と
私は思います。

 

私たちは大きな自然の中に生きてるわけで
人間が優れていて、なんでもコントロールできる
親は子供をコントロールできる
他人を自分の思い通りにコントロールできる

そういう奢りがあると
コントロールできないことまでできる、と
できないことをやろうとして
常に不安と恐れでいっぱいになるでしょう。

最善を尽くして待つ。
流されることも時には必要です。
流されないようにしよう、と大きな岩にしがみつくことで
必死になり、エネルギーを消耗したのでは
それこそ、疲れ果てて、景色を見る暇すらないでしょう。

流されて変化することを厭わない
こだわらない
別に、これじゃなきゃ、ダメだ、ということは
一つもないのですから。

 

今、すぐ、手に入れようとしない

 

ここまで読んでいただき「じゃあ、もう、何も期待もせず
望まず、諦めて、身の回りのことだけで
満足しろっていうんですか!!」と

いらだちの声が聞こえてきます。

そうでもないのです。

「今、すぐ、手に入れようとしない」ことで
不安になることもなく

淡々と、その時々のすることをしていたら

時間をかけて
時間を味方にできた人は
自分が本当に望む状態にはなれる

私は、そう、思っています。

けれども、絶対にそうならなければならない、
絶対にそれをしなければならない

ことは一つもない、とも思っていて

だから、焦ったり、不安になることはないのです。

一つのことを成し遂げる経験は素晴らしいですが
だからと言って、成し遂げたら大きく何かがガラリと
変わるわけでもなく

また、日々は続くのです。
一日、一日、の繰り返しが自分の人生であって

ある日、ある時、がらり、と雷に打たれたように
人生が変わる

なんてことは起こりません。

 

同じような日常の中に自分の課題を見つけ
それを意識して取り組む。
今、やることに気を入れてやる。
心が暗くなるようなら、その原因をきちんと見て
対処する。

地味ですが、それが本当に自分を磨いて明るくなるコツですし
地味ですが、継続すると、結果

時間をかけて、以前より、うんと楽に生きていたり
明るい気持ちでいることが増えたり
人間関係が楽になっていたり
思っていた生活ができていた、ということになるでしょう。

今すぐ、何かを手に入れようとするのは
不安の裏返し、ですね。

今すぐ、手に入るものは、結局、その時の刺激にしかならず
また、すぐに次の手に入りそうなものを探して
お金とエネルギーを無駄使いして
刺激を手に入れ、刺激に反応しておしまい、です。

それがいけない、とは思いませんが
いつになったら、心から不安が消えて
本当に手に入れたいもの、手にしたいもの、に気がつくのでしょう。

 

まとめ

 

「先生は、どうして不安にならないのですか?」

昨日、質問を受け、一晩考えてまとめてみた結果です。

①今、やっていること一つに気を入れて取り組む

②自分は今の等身大の自分以上でも以下でもないと思い知る

③自分には手に負えないことだらけなのだ、と知る
 (できないことまでコントロールしようとしない)

④今、すぐ手に入れようとしない

本当に地味ですが、私は①〜④は常に意識していて
自分がざわざわした時には、これのうちのどれか、が
揺らいだりしている時です。

何かのヒントになれば、嬉しいです。



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内科医の私がなぜ、情報発信をしようと思ったのか?
また、私自身が生きづらさからどのように
今、気楽に適当にニコニコと生きるようになったのか?

その過程を書いた記事をこちらで公開しています。

女医とも子物語

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