「バカだとお母さんみたいに苦労するよ!」という呪い

「バカだとお母さんみたいに苦労するよ!
だからあなたは必死に勉強だけはしなさい」

このセリフはどう思いますか?
あるある、ですか?

自分が苦労していることは
子供に苦労させたくない。

だから、子供にはやらせる。
これは、どうなのでしょうか?
普通ですか?

あるいは
「お母さんみたいに英語が喋れるといいから
絶対に英語は身につけなさい!」

これはどう思いますか?
英語が喋れたらいいですか?

だから、2歳とか3歳から
本人が嫌がっていても絶対に英語は
身につけさせる!と
イライラしながら教えますか?

 

コンプレックスを超えるのはまず
親は先であり
大人になってからコンプレックスを克服する姿を
子供に見せることこそ

子供にとっては
勇気が出るものなのではないのかな、ということを
書きます。

 

お母さんみたいに苦労しないように

 

これだけ聞くと
「子供のためを思って」
優しい母親が親身になっているようにも
聞こえますね。

もちろん、言っている本人は
「子供のため」を思っています。

 

あるいは
「背が小さくて惨めな思いをさせたくない」と
小さい頃から成長外来のようなところへ通わせるほど

子供の体型に執着することがあります。

「お父さんみたいに小さいと
惨めな思いをするから
子供には惨めな思いをさせたくない」

もちろん、言っている本人は
「子供のため」を思っています。

その気持ちもわかるのです。

でも、体型は遺伝もありますし
体型は努力で変化できるものと
叶わない部分もありますね。

 

お母さんみたいに良い思いができるように

 

「お母さんみたいに英語が喋れるといいから
絶対に英語は身につけなさい!」

自身が帰国子女だったりして
英語が話すことができると

「子供にも絶対英語を身につけさせたい」と
思うものなのでしょうか?

お便りの中で
3歳の子供が泣きながら英語を習ってて
見ていてイライラする

と言うようなお便りが何通かきました。

私自身は習い事を泣きながらするって
本末転倒というか
そこまでしてやらせたい自分の心の澱を見た方がいいな、と
思います。

 

「お母さんみたいに英語が話せると良い」のは
お母さんの場合であって
子供にとっても同じように有利だったり役に立つか?は
全く別です。

なのに
「英語を身につけさせたい」って嫌がる子、泣く子にまで
やらせたいのは

一体、どこに根っこがあるのでしょう?

例えばその親は
「英語しかない」って恐れているのではないでしょうか?

本当に英語が素晴らしい!楽しい!と思えていたら
英語は自然にそのうちに
この子も楽しさを知るようになるだろうな、くらいで
すみそうです。

それをどうしてもやらせたいのは

自分から英語を取ってしまったら
何も他に残らないほど
「英語ができること」だけに依存しているから、
なのかな?と思うのです。

自分の長所は沢山あります。
もちろん、短所も沢山あります。

いろんなものが混ざって自分です。
それを
たった一つの「英語が話せること」に
ものすごいプライドを持ったり、重要視していると

「子供にも絶対それを身につけさせなければ
子供は絶対苦労する」

自分の恐れを、子供にも押し付けているように
見えるのです。

 

親が見せるべき姿とは

 

親が子供に見せるべき姿とは
私が思うのに

「どんな自分であっても
何があってもどうにか生きていける、
しかも、自分らしく」

その姿だと思います。

 

例えば先ほどの
「バカだとお母さんみたいに苦労する」というお母さんは

「お母さんみたいに子供の頃バカでも
大人になっても努力してたら
こんな風にいろんなこともできるんだよ」

これこそが
子供に見せる姿であって

自分は「バカだからしょうがない」と
何も努力せず

子供にだけ「あんたは勉強しなさい!
お母さんみたいになっていいの!?」

脅すのは一体
なんの意味があるのかな?と

思うのです。

「お母さんみたいに、楽しく生きられるよ」なら
子供も言われたら嬉しいです。

でも
「お母さんみたいに、苦労するよ!」って
子供を脅して、
子供はどう、感じているでしょうか?

脅かして、無理にやらせて
どこへ連れて生きたいのかな
思います。

子供に何かさせたいのなら
まず、自分が何かにチャレンジしてやってみせる、

自分が努力して変わる姿をみせる、

などをして
まずは「やるのって大変だな」と
親が知ることが先だと思います。

「一つ、成し遂げるのは大変だ」と親が自らやってみて実感していたら
子供に命令口調で強く何かを強要するなんて
できないはずです。

 

にしても
子供に何かさせたい、って

ほんと、親のエゴですよね。
なんでそんなにさせたいのかな?と
自問自答してみると

自分がやりたいだけだったり
自分がやりたかったけど挫折したり、反対された

過去に答えがあるようです。

 

子供にさせたいなら
まず、いつからでもいいから
自分がやってみること。

これは本当に大切なことだな、と
私は自分がそうしてみて、思ったことです。

 

「お父さんみたいに小さいと惨めな思いをするから」

これはお父さんの今もあるコンプレックスであって
子供にとっては
自分の体型はコンプレックスではないかもしれません。

なのに
「お父さんみたいに小さいと惨めだぞ」と
言い続けることによって
もし、子供が大人になって平均より小柄だった場合

「俺も惨めな思いをするんだな」と
身構えてしまいませんか?

 

体型が小さいコンプレックスをまず、
超えなければならないのは
父親本人であって

子供に見せるべき姿は
「お父さんのように小さくたって
こうやって、なんだってできるんだぞ!
お前も、そうなれよ!」とでも

声をいつもかけていたら
体型なんて別に関係なく

大人になってものびのびと
自分のしたいこと、できることを
やるでしょう。

 

子供への声かけ

 

子供への声かけは日々
無意識に続きます。

でも、子供にとっては
親の一言、一言、は
胸に刺さっています。

親子、家族はともすれば
慣れきってしまい
「いつも言ってることだから」
親が相手の気持ちを考えずに

無自覚に、
相手を悪い方向へ導いた入り
「こうじゃなきゃ、いけない」と言う
狭い固定観念の硬い箱に入れたり

してしまいがちです。

 

気がついてるけどやめられない。
しょうがない。
仕方ない。
みんなやってるし。
そういうものでしょ。

 

そういう風に言って
子供の根っこが腐ったり
茎が枯れてきたり
自分で立っていられなくなってから

自分自身ででやり直す努力せずに
焦ってカウンセラー(他人)などに頼るのでは
遅すぎます。

 

今、すぐに
自分が子供に良かれと思って
むしろ脅しや呪いのような言葉を
言ってしまってるのではないか?

再確認してみることだ、と思います。
場合によっては

自分が子供にどう、声かけしているか?
録音してみるとわかりやすいです。

自分では普通に言ってるつもりが
常にトゲトゲ、命令口調、断定口調、
相手の言い分を聞かない態度。

これでは、
家族であっても家にいる場所が
なくなりそうですね。

 

「子供の可能性を伸ばしたい」
「子供の選択肢を増やしたい」

聞くと綺麗な言葉。

実際にそれを望んで親が言う言葉が
子供の持ってた可能性をブチブチと
押しつぶしてるんだと

親が気がつけたら
子供はその日からきっと
深呼吸ができるようになるんだろな。

 

今日は
コンプレックスを超えるのはまず
親は先であり
大人になってからコンプレックスを克服する姿を
子供に見せることこそ

子供にとっては
勇気が出るものなのではないのかな、ということを
書きました。

バカ、という言葉を使いましたが
ママ友とのリアルな話の中で
出てきたストーリーをそのままお伝えするため
使いました。

バカ、という言葉で
嫌な気持ちになったら失礼しました。



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