明らかに敵意を持っている人とどう対峙するか

明らかに自分に敵意を持っているな、と
わかっている人と

どのような心持ちで接したらいいのでしょうか?

今日は、そのことについて書いてみます。

 

誰からも好かれる?

 

誰だって、みんなから好かれたいし
誰からも嫌われたくない、が本心だと思います。

だからこそ、他人の目を気にして
嫌われないように
良い風に思ってもらえるように

自分を殺してまでも
「うまくやろう」として
それが過剰になると、鬱になったり
やる気がなくなったり、
適応障害になったり、
心身に症状が出てくるのだ、と考えます。

生きていれば
自分のことを嫌う人がいる事実を知る場面を
経験することは
誰もが避けられないはずです。

定期的に自分に敵意を持っている人に会う場合は
気が重たくなりますよね。

じゃあ、自分に敵意を持っている人とは
どのような心持ちでお付き合いしたらいいのでしょう?

 

この人と私はまるで違うのだ

 

ズバリ
「この人と私はまるで違う種類の人間なのだ」と
心から納得することだ、と思います。

どこかで相手に、自分のことを理解してもらいたい、という期待があるとか
「本来、親子なら、兄弟なら、同僚なら、先輩後輩なら、
〜な関係が普通でしょう」という理想が自分にあるから
こそ

「なぜ、この人はわかってくれないのだろう」
「なぜ、この人は、このような態度を取るのだろう」
「なぜ、この人はいつもそういう目つきで私を見るのだろう」
「なぜ、この人は、挨拶すらしないのだ!」

と、相手の悪いところを指摘したい気持ちになるのでしょう。

自分と相手はまるで違う価値観なのだ、ということ
そして、自分が正しい、と思っていることは
相手にとっては正しくもなければ
そんなこと、気にもしてなかったり、もするのでしょう。

生きるルールが違うのだし
生きて欲するものも違うのだし
なんのために生きているのか?も違うのだし
どんな気持ちで日々を過ごしたいのか?も違う。

 

例えば

機嫌よく過ごしたい、と思って
自分の機嫌を自分で取ろう、と努力している人と

俺の機嫌が悪いのは、周りのせい、外部のせいだ!と
自分の機嫌を自分で取らない人、というのは
真逆の性質です。

 

そのように真逆の性質の人のことを
「なぜ、〜」という疑問を持って
考えること自体、考えても無駄なことだということです。

よって、

「この人と私はまるで違う種類の人間なのだ」と
心から納得することで、

自分に敵意を持つ人のことを
「なぜ、そうなんだ」という疑問を持つ=どこかで期待もしている、
ことすら、しなくなるので

時を一緒に過ごしたとしても
違うレイヤーで、違う波長でそこにいるので
気にもならなくなる、ということです。

敵意を持っている人は
相手に嫌な気持ちになってもらいたいのですから
こちらが嫌な気持ちにすらならなければ
余計に面白くないので、もっと敵意を持つでしょう。

が、こちらが相手の敵意に取り合わなければ
相手が勝手に感情の暴投をしている球に
こちらが当たってデットボール、ということには
なりません。

 

気をつけなければならないのは
「そんな敵意を持ったって、私には効果ないわよ!」と
怒りや、見下し、判断の気持ちを持つことです。

これをしてしまうと、
相手と同じレイヤー、波長から移動することはできませんので
注意が必要です。

「私とあなたは違う人種なのね」と、
ただ、事実を認識するだけ、という部分が大事で
それに対して「あっかんべー!!」という気持ちを持ったら
それだと自分自身は明らかに良い気分にはなっているとは
言えませんから。

相手を負かした。
これは、よくない気持ちに分類される
私は思います。

勝ち負け、ではないのです。

 

私が気持ちよく暮らせるように努力する

 

誰からも好かれていたいけど
それは現実的ではなく

けれども、なるべく自分自身は気持ちよく日々を過ごしたい。

他人は変えられないし、コントロールすることもできませんが
自分自身の取り扱い、心持ち、は
変えることもできます。

同じ現実が続いたとしても
自分自身の捉え方、が変わるだけで
見えるもの、とそれによって感じること、
生まれる感情、も変わるものです。

怒りや、悲しみ、憎しみの感情ほど
自分の心身を破壊するものはありません。

世の中には、他人の怒りや、悲しみ、憎しみの感情を
喰って喜んでいる人種もいるのだ、というのは

私は嘘ではないのだな、と思っています。

だからこそ、自分が怒りや、悲しみ、憎しみの感情を
なるべく生み出さないような心持ちで
暮らしたいな、と思います。

 

自分が怒りや、悲しみ、憎しみの感情を
なるべく生み出さないような心持ちで過ごしていると

たとえ敵意を持っている人が身近に来たとしても
レイヤー、波長がまるで違うために
敵意を持たれていることすら自覚しなくなります。

逆を言えば、敵意を持たれている、と嫌な気分になるのは
まだ、自分自身にも同じような感情があるから、だとも
言えるのではないでしょうか。

敵意を持っている人が身近に来たとしても
レイヤー、波長がまるで違うために
敵意を持たれていることすら自覚しなくなる状態になると
人から嫌われているかどうか?
人から好かれているかどうか?を気にして
生活をしなくなるので、
とても穏やかな気持ちでいることができるようになります。

 



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内科医の私がなぜ、情報発信をしようと思ったのか?
また、私自身が生きづらさからどのように
今、気楽に適当にニコニコと生きるようになったのか?

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女医とも子物語

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