女医的 引き寄せの法則の解釈

引き寄せの法則は流行っていますね。
人が「引き寄せた〜!」というエピソードを読んでいると
当たり前のことを「引き寄せた〜!」と言ったり
偶然起こっただけのことを「引き寄せた〜!」と言ったりして
本当はもっと深いところで起こっている
引き寄せの法則については
無頓着なんだな、と思うことが多いので

今日は私の引き寄せの法則の解釈について
書いてみようと思います。

一般的な引き寄せの法則の解釈

 

私は引き寄せの法則のファンではないので
あまり詳しくは知りませんが
多くの方が引き寄せた〜!と言っているのは

「私はお金持ちになりたい」
「私は自分の夢を叶えて、ワクワク生きたい」
「私は今より収入を増やしてお金に縛られない生活をしたい」
「私は自分が好きなところに旅行にいつでもいける暮らしをしたい」etc.

などの願いを顕在化すると
それを引き寄せることができる、というものでは
ないでしょうか?

でも、よくよく考えてみると
それは脳内でこれまで顕在化されずに
潜在意識の中で願っていたことを
顕在化すれば、脳はそれを意識化して
「どうしたらそれが叶えられるか?」を具体的に考え
そして脳が考えたことに従って行動をしていたら
それが叶うのは、普通のことではないのかな?と
思うのです。

 

偶然起こったことを引き寄せという場合

 

日々、生きていれば偶然起こるラッキーなこともあれば
アンラッキーなこともあります。

引き寄せを意識する時の自分のことを考えてみると
「これから今より向上してやろう!」と思っています。
そこに偶然ラッキーなことが起こり
さらにそれが自分が願っていたことだったりすると

「引き寄せた〜!」と興奮するのもわかるのです。

でも、普通にそれは偶然起こっただけのことであって
何も自分に特別な、他の人とは違う能力が
身についたわけではない、と思います。

逆に、「人とは違う特別な能力」を身につけたがる人は
「今のままだと、自分は不安」だからでしょう。

だからこそ、いかに自分がすごいものを、ことを
引き寄せたか?を競争したくなるのかな?と
引き寄せ、引き寄せ、と騒ぐのを見ていて
思うことがあります。

偶然は、日々起こります。
「赤い車」を意識すれば
「赤い車」が目に留まりやすくなるのと同じです。

意識すれば、偶然のそれが、目につきやすくなるのです。

 

私が考える引き寄せとは

 

自分が行為をする時の
「心持ちが大事だ」と常々繰り返し私がいうのは

「どんな心持ちでその行為をしたのか?」が
その行為がどれくらい正しくて、
その行為がどれくらい人の役に立っていて
その行為がどれくらい人に影響を及ぼしているか?よりも

ずっと大事だからです。

どういうことか?というと

例えば、寄付をする行為について考えてみましょう。
寄付をすること自体は、尊いことだ、と思います。

発展途上国に寄付をする時に
その国に住む人々が本当に自立して幸せに暮らせるようになることを
願って、考えて寄付をするのか?
単に、「我が国は多額の寄付をした」という既成事実を作って
他の国々に対外的に自分の国を良く見せるために
寄付をするのか?によって

寄付をしてもらった国が得るもの
寄付をした国が得るものは結果がまるで違うでしょう。

相手の国の発展を本当に願ってする寄付と
自分の国が良く見えるためにする寄付。
心持ちが全く違います。

相手に対する影響も前者は本当に自立して
その国らしさ、その国の文化を活かした形で
発展する可能性が高いでしょうけれど
後者のやり方ですと、依存させておいて
その国らしさや、文化も廃れさせ
依存的な国、属国のような国になってしまう
可能性が高いですね。

そして、どのような心持ちで行為をしたか?は
そのまま「ブーメラン」として自分に返ってきます。

それが「お天道様がみている」ということだ、と
思います。

与えているはずの国でいざこざが絶えないのも
そういう部分、心持ちの部分がおかしいから、では
ないでしょうか?

国と国の話だとちょっと抽象的になりすぎて
わかりづらいので、個人に置き換えてみます。

 

例えをもう一つ、上げてみれば

子供に食事を作る時
一日仕事をして、とても疲れた母親が
「あーあ、全くいつまでこんなことが続くのか!」という

投げやりな心持ちで料理をすれば
それはそのまま子供達にも料理に気がこもって
食べ物と一緒に、親の投げやりな気も取り入れることになります。

が、親にもまた、振りまいているオーラと同じものが
いつか、どこからか、ブーメランで返ってきます。

私の引き寄せの法則の解釈は、このように
表面的にやっていることの正しさとか、
凄さとか、価値があるとかないとか、そういうことではなく

それをしている人の心持ちが
自分に返ってくる。

という解釈です。

 

なぜ、そのように考えるようになったのか?

私は別に、スピリチュアルなことを否定する気もありませんが
リアリストでもあります。

リアルでの体験、経験から
いつも考察をします。

末期ガンで入院していたおじいちゃんの話です。
そのおじいちゃんは天涯孤独で
生活保護を受けて生活をしており
入院してきたときは、手の爪に大便がべったりと付いたりして
自分の生活ももはや自分だけでは、どうにも
できない状態で、入院してきました。

正直なところ
「これからどうするの?」という医療者の反応もありました。

でも、入院してからおじいちゃんと関わっていくと
おじいちゃんは、いつもいつも医療者に対して
ニコニコして「ありがとね」と繰り返しました。

本当に「ありがとね」と思っているのが
伝わりました。

おじいちゃんは、入院中も勝手なことをします。
ルールを破って部屋でタバコを吸ったりの
問題行為もありました。

けれども、おじいちゃんがすることは

不思議と本気で私たちを怒らせたり
本気で嫌な気持ちにさせたりすることが
ありませんでした。

おじいちゃんは好き勝手に生きてきた、と
話してくれました。

実際に、末期癌でしたが、少し状態が良くなると
生活保護のお金で、大好きな機関車に乗って
旅に出たりしていました。

いつ、どこで倒れて迷惑になるかもしれないのに
おじいちゃんはそんなこと、お構いなしで
自分勝手に、好きに、生きていました。

でも、私たちは誰もそんなおじいちゃんに
文句を言ったり、注意をしたり、する気持ちにも
ならなかったのです。

おじいちゃんの最期は
天涯孤独の生活保護を受けている方でも
このような亡くなり方があるのか、というような
医療者たちが見守る中で、静かに穏やかに
旅立っていきました。

最期まで、おじいちゃんは、おじいちゃんらしくいました。

はっきり言って、これだけでだから?と
思うかもしれません。

けれども、私が見てきた例は
このおじいちゃんだけではなく

世の中では鼻つまみ者として扱われてきた人でも
自分の決めたことを、気持ちよくしている人、
人を馬鹿にしない人、
人を見下さない人、
人をコントロールしようとしない人、

人に対してどういう気持ちで行為してきたか?
人のせいにしないとか、自分のことは自分で責任とる、という
そう言った心持ちそのものが
後から辻褄があって、自分にブーメランで返ってきている例を
数多く見てきました。

 

逆の例もありました。
社長さんで、お金もあって、家族に良い暮らしをさせてはいたけれども

「あいつらは、俺がいなかったらあんな暮らしできてなかったんだ」と
威張って、奥さんを馬鹿にして、娘に命令をしているような人は
いくら、家族に不自由をさせてこなかった、という正しい行為をしてきても
心持ちが悪いと、
結果、ブーメランとなって
自分の死に際に、返ってきていました。

死ぬときだけにブーメランは返ってくるのではありません。
世の中は、お天道様が見ていて
いつ、どこかで、どのような形で返ってくるのかなんて
私たち、かわいい人間たちが選ぶことすら
できないんだな、といつも、感じます。

私の引き寄せの解釈は

このように、表面的な、物質的な引き寄せ〜!!ではなく
もっと奥の方で起こっていることです。

しかも、お天道様は、起こることに対して
良し悪しもなく、世の中に自分が放っているオーラ、雰囲気を
そのまま、返してくれます。
お天道様は、それすらも判断しません、おおらかです。
まんま、返してくれます。

「自分が放つ雰囲気をチェックする」 にも
わかりやすくたとえ話が書いてありますので
よかったらお読みください。

 

私ばっかりどうして!と思っている人へ

 

いつもいつも怒ったり、不機嫌な人がいます。
どうして私ばっかり、いつも頑張って良いことをしてあげてるのに
嫌な思いばっかりするの!!という憤りがある方は
今日の話を、よくよく自分に置き換えて
考察をしていただきたいのです。 

お天道様は、悪気なんてありません。
良し悪しもなく、あなたが放った心持ちを、雰囲気を、
そのまま、返してくれているだけ
それが引き寄せの法則だ、と私は思っています。

正しいと自分が思っていることをしていても
プリプリしている人の周りには
プリプリした人や、プリプリさせるような出来事が
寄ってきます。

だからこそ、したくないことはしない。
すると決めたのなら、その日そのとき、自分ができる力量を考えて
心を込めて、気持ちよくそれをする。

無理なことはしない。
無理をして、いやいややった行為は、
「いやいや」の部分がブーメランになって自分に返ってきます。

無理なことは、それをして例えそれと引き換えに
素晴らしいと今の自分が思う地位や名誉やいろんなものが
手に入るかもしれない!と思ったとしても
いやいや、やるくらいなら、やらないことです。
やって上手くいかなかったら人のせいにしそうなことは
最初から手を出さないこと、それもまた
自分自身に責任を取ることだ、と思います。

やるなら気持ちよくやる。
やりたくないのに、無理やりポジティブ思考でやったとしても
お天道様は誤魔化せません。

ビクビク本当はしてるのに
「私ならできる!私におかしいことが起こるはずがない!」と
言い聞かせても無駄です。
ビクビクしてるなら、ビクビクしなくなるまで
きちんと自分の心と体を整え、鍛錬して、準備をして
それをするべき時期を待つことです。

無理してやらなければならないこと、は
ないのです。

苦手なことは人にお願いして感謝する。
そちらの方がよほど、素直で、気持ちがいいです。

やっていることは正しいはずなのに
どうも何をやっても上手くいかない人は
どういう心持ちでやっているのか?
自分の心の中を見直してみることです。

下心がないかどうか?
人から認められるためにやっていないか?
誰かを貶めるため、自分が上に立つためにやっていないか?
誰かを困らせるために、自分が正しいことばかりしようとしていないか?
誰かの立場を追うためにしていないか?
いじめになっていないか?
本当は全て分かってるくせに知らないふりをしてやっていないか?

そのように、自分の心の中を
チェックしてみることです。

心の冷えは、怖いです。
心が冷えたまま行う行為は
そのまま自分に返ってきます。

新刊「心の冷えとり」 に冷えの取り方は
書いてあります。

顕在化したことがリアルになっただけで引き寄せた〜!とか
偶然起こったことを引き寄せた〜!とか
呑気なことを言っている場合ではないですね。

本当はもっと深いところで起こっているのが
この世の引き寄せの法則だと思います。

 



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