ワクワク疲れした時に。

「ワクワクすることをしよう!」

この標語を鵜呑みにして
ワクワクを探してさまよい、迷子になったり遭難している人が
たくさんいるように思います。

そんなにいつもいつも

人はワクワクしてなければならないのですか?

毎日ワクワクしてない人生はダメな人生ですか?

ワクワクできない人は、イケてない人なのですか?

ワクワク自慢に疲れた人へ。

 

いつからワクワクを求めるようになったのか?

 

ワクワクしてなければならない。
ワクワクしてない人はつまらない。
ワクワクいつもしてると、キラキラしてる!
ワクワクしてれば充実してる証拠。

書いていて疲れますが
そんなに毎日、ワクワクしてないとダメでしたっけ?

いつから一体、そんなにワクワクしたくなったのですか?
いつから一体、新しい自分を探すようになったのですか?

「自分の日常は何かが物足らない」

これがきっと、ワクワクを求め始めるきっかけになるのですよね?
私も、そうでした。

「何かが足らない、けど、何が足らないか、わからない。
そうだ!ワクワクを探しに行こう!!」

ものすごくポジティブないい感じに思えますよね。
夢や希望がたくさん、感じられる良い心構えです。

が、

「何かが足らない、けど、何が足らないか、わからない。
そうだ!ワクワクを探しに行こう!!」

ここから始まる旅があんなに疲れて虚しいものになるとは
私も旅に出て、あちこち彷徨ってみないと
わからないことでした。

彷徨ったから、わかるのですが
「何が足らないかわからずに、
ワクワクを探すとロクなことにならない」

これが私の結論です。
結論を出すのに、数年かかりました。

ワクワクを求めて時間とエネルギーをたくさん使い
今、ここにいて
特別にワクワクなんてないのですが
日々たっぷりと自分らしい時間を過ごしています。

ワクワクは求めなくても発見できる

そうだ!ワクワクを探しに行こう!
と、外の世界に出かけます。
会いたい人に会いに行く。
やって見たかったことをやってみる。
思いついたら、すぐ行動!

素晴らしいことだと思います。
けれども、それはずっと続けることでもないようです。

会いたい人にあったり、やりたいことをやってみると
わかることなのですが

「あれ、なんか違うな」

と、違和感を感じませんか?

どんどん、自分じゃない何かに遠ざかって行くような
そんな気持ちになりませんか?

ワクワクというのは、新しい世界にだけ
あるものではないと思います。

しかも、ワクワクというのはとても個人的なことであり
SNSで人様にお見せするワクワクというのは
なんちゃってワクワクのようだ、と
みんなで同じことにワクワクしているのがフィードに流れてくるのを
連日眺めていると

ワクワク教

みたいだな、とふと思うのです。

ワクワクというのはひっそり個人的な日常生活の中
「同じだと思ってたことが違った」り
「ちょっと工夫してみたら快適だったと発見した」り
「レッテルを貼ってた人がそうじゃなかったんだと見直した」り
ささやかなことで、十分ワクワクするし
しかも、そのワクワクは

喉から手が出るほど探し求めて彷徨う必要もなく
ワクワク疲れすることもありません。

与えられたもの、与えられた仕事、与えられた役目
与えられたそれらの中でワクワクを見つけられる人が
ある意味、人生を楽しむベテラン

と、私は今現在、思ってます。

 

ワクワク疲れする人たち

 

「自分に、自分の日常に欠けてる何かを埋めるためにワクワクを探す」ために
右往左往して、
遠くまで出かけたり、会いたい人に会いに行ったり
たくさんのお金を払うことで

本当は疲れているんじゃないのかな?
思われる人がたくさんいます。

なぜなら、ワクワク疲れしている人は
定期的に体調や気持ちがアップダウンしているからです。

その体調や気持ちのアップダウンさえ
「ワクワクの一部」にしてネタにしまう人もいるのですから
生きてくのに本当に疲れるだろうに、と
心配になることがあります。

ワクワクなんて、毎日してたら
死にます。

食べ物でもなんでもそうですが、
日本人には「ハレとケ」という精神が
あるではありませんか?

毎日ワクワクして「ハレ続けたい!」と願うことで
疲れてしまっては、心も体も持ちません。

毎日ご馳走な人生なんて不要ではありませんか?
たまに、「あ、なんかきた」とハレが来るから
「ワクワクする」のではないでしょうか?

 

本当に自分に足らないものは何か?

 

これを見ずして、ワクワク中毒から抜け出すことは
不可能です。

本当に足らないものはなんですか?

本当は自分の心は何を思い、
本当は自分は何を言葉に出し、
本当は自分は何をしたいのですか?

これはとてもささやかなことだったりします。

ささやかすぎて、聞き取れなくなっていることもあります。

人が日々、ああよかった、と思えることは
ささやかで、密やかで、とても個人的なことのように
私は思います。

そして、日々の中で
ささやかで、密やかで、とても個人的なことを
大切に味わえる人が
「今日も良い一日でした」と
大きなアップダウンやハレや劇的なことがなくとも
安心して、ホッとして、満足して
お布団でゆっくり眠れるのではないでしょうか?

そして、そのような日々を過ごしている人は
心も体も、さほどアップダウンなく
自然に年を経過していくように、
たくさんの患者さんを見ていて、思うことです。

 

「何かが足らない、けど、何が足らないか、わからない。
そうだ!ワクワクを探しに行こう!!」

と、旅に出てみたものの
何かが違うような気がして、しかも疲れるし
お金もエネルギーも時間も、むしろ足らなくなってて
気持ちが焦っている。

そんなワクワク疲れの方がいらっしゃいましたら
一回、休憩所でお休みして
ゆっくりと「自分に本当に足らないものは何か?」を
感じてみるといいかもしれません。



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