自分に自信が持てない原因

「自分のことをよく見せたい」
これは、誰にでもある想いなのではないでしょうか?

けれども、それをしたいがために 
自分の全てを綺麗に塗り固めようとしてしまうと 
その人の魅力は、発揮されないでしょう。

人は背景が物語ると思っています。
背景があるから、その屏風の前にいる人が引き立つ。
薄っぺらな背景を前にして、人の魅力は引き立たないだろうし
他人を結果、惹きつけることもないでしょう。

 

自信が持てない理由

 

「間違えがないように」
「正しくあるように」
それが良いことだ、と心から信じていると 
年をかさねるごとに 、その役割が重たくなるごとに、 
その人が選べることはどんどん減っていきます。

例えば、
「親のことは絶対に大事にするべきだ」と決めていたとすると 
言いたいことがあっても言うこともせずに 
自分の中で常にモヤモヤとさせたまま腐らせていき 
結果、自分がとても生きづらさを感じてしまう。

例えば、
「男の人と二人で食事に行ったら、もう付き合わないといけないんだ」と 
信じていたとすると 
ちょっといいな、と思う人がいたとしても 
なかなか、行動に移せない。 
なぜなら、食事に行ったらもう、付き合うかどうか?を 
決めなきゃいけないから。

とても生きづらそうですね。

狭い範囲からしか、選択ができなくなれば
自分ができることも、どんどん減っていきます。

私は、人にはそれぞれの背景に屏風がある、と思っています。
「何を大事に生きてきたのか?」
「順風満帆でここまでやってきたのか?」etc.

生きてきた歴史が、屏風に描かれています。
でも、その屏風は自分で好きなように描くことができるのです。

なので、隠しておきたいことは書かなくてすみます。 

「間違えがないように」
「正しくあるように」

こう思う人は、自分の屏風には 
「間違えがないように」
「正しくあるように」 
この思想に似合った歴史しか書いてありません。

さて、よくよく見渡して見たら
「あれ?なんかあの人と同じ模様なんだけど!!」と 
気がつくことがあります。

「あの人」も「間違えがないように」「正しくあるように」が好きで 
それを守っていることこそ、「私だ」と信じているので 
模様ももちろん、「間違えがないように」「正しくあるように」に 
ふさわしいものになっているのですね。

世の中を見渡して見れば 、割とこの

「間違えがないように」
「正しくあるように」と言う真っ白な模様が

が、メジャーなようです。

そして、白を維持するために苦しくなり
そして自信をなくしてしまう人が多いのではないでしょうか?

さらに、真っ白な屏風を好む人は 
さらに、そこには汚れのない心がお似合いだ!とばかりに 
自分自身の「欲」だったり「弱さ」「醜さ」を 
隠そうとします。

「私は、純粋な心の持ち主です!」と言いたがります。

それをアピールしさえすれば 
他人から良い人だ、と認めてもらえるから、でしょう。

けれども、よくよく見てみると
「真っ白な屏風」の下にはうっすらといろんな模様が透けて見えてるし 
「汚れのないはずの心」には、様々な歪みも、見え隠れしています。

取り繕ったって、そこは無理なのです。

けれども、多くの人は
「私は、間違えのない人生を歩いてきました。」 
「私の心は綺麗です!」 
そう、言いたいがために、たくさんのことを我慢したり、隠したりすることに 
とてもたくさんのエネルギーを費やします。

そして、「正しい」「間違えない」を守るために 
新しいことにチャレンジしたり、前例がないことにチャレンジすることから 
逃げるのです。

 

自信をつけるためには

 

私は、常にセミナーなどのお話をするときに言うことがあります。

「人は背景が大事だ」と。

生きていれば、いろんなことが起こるのが当然であって 
自分が望もうと、望まなかろうとも 
起こることは起こります。

それを、綺麗に、正しく、間違えのないように整えて置くことなんて 
できないでしょう。

例えば、私だったら、離婚をしています。 
それを、「悪」とか「マイナス」にとらえて 
自分の屏風に描くことは、恥ずかしいとか、嫌だ、と思って 
白色で、上塗りして隠そうとしたって 
透けてしまうのですから。

だったら、私は大きく派手に「離婚もした」と描いておきたいです。

起こったことを隠そうとしてることが、とても疲れます。
この先だって、同じで、何が起こるか、わからないのに 
綺麗な屏風にしたい、とか、良い風景だけ描きたいとかばっかり 
気にしていたら、怖くて何もできないでしょう。

心だって同じです。 
わざわざ、擦れたり、汚すこともないですが 
人間なんだから、いろんな「欲」だってあれば「悪いところ」「マイナスなところ」だって 
あるのです。

誰でもそれは、あるのです。

そうならば、わざわざ、美しく「整えておこう」と執着することも
ないように思います。

それでも、素直に生きていたら、心は澄んでくるでしょう。 

いろんな色で描かれた屏風と澄んだ心。 
これこそが「そのひとの魅力を最大限に表現するだろう」

そう、思っています。

 

自信がなくなっていい

 

白い屏風と、美しい心を目指すあまりに 
怯えて生きるのはもったいないな、と思います。

人の背景にはいろんなことが描かれていた方がその人を物語ます。

どこを見ても、白、白、白、
しかも良くみると、偽物!!w 

そんなのは、全く面白くもありません。
でも、それを求める人もたくさんいます。

右へ習ってそれらしくしときゃ〜いいんでしょ。 
右と比べてばかりで、疲弊してしまう人がたくさんいます。

一体、自分の歴史はどうだったのか?
そろそろ、屏風を書き換えてみてもいいのかもな。 
そんな気分になれると、それだけでうんと心は楽になります。

あなただけが「あれはダメだった」「あんなことしなければよかった」と
思い込んでいるだけのことだって、たくさんあるのです。

誰も気にしてないことで、自分自身を縛り上げて苦しませる。
生きづらさの原因は意外と 
「自分が汚れだ、と思い込んでいる過去を屏風には書き込みたくない!」 
そんな葛藤によるものが大きいのでは?と
私は、考えています。

何だって書いちゃえばいいではありませんか。 
それがあなたであって、代わりはいないのですから。 
心を映し出すためには、背後の屏風は派手くらいで丁度良いのでは?

さらに、背後に描かれた自分の屏風を見た時に 
「ああ、私ってこんな過去を乗り越えて生き延びてきたんだなあ」と 
改めて、自分のことを誇らしく思えるのではないでしょうか?

そういう気持ちが、自信なのだと思います。

良い過去や成果だけが自分の自信になるのではありません。 
「こんなことも乗り越えて、生き延びた」それだけで十分では 
ありませんか?

この先は、すでにもうオプションだ!くらいに思って 
どんどん、チャレンジするだけです。

そう、考えると、やって見たいこと、どんどん湧いてきますね!

そういう「顔つき」が、その人のことを魅せてくれるはずです。
かっこいい、素敵、かわいい、というのは、顔のパーツが整っているからでは 
ありません。 
  
その人の「顔つき」がその人の魅力にもなり、逆もまた然りなのです。



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2 件のコメント

  • いつもありがとうございます
    屏風を塗り替えるのに何年もかかりました が出来た事を、受け入れ前進します

    • 屏風を塗り替えられた、すごいことです。
      どうぞ、また、これから楽しい日々が待っていると思いますので
      喜怒哀楽を味わいながら、進まれてください。

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