上手に継続していく3つの方法

何を始めても、何をしてても
継続することが難しい人がいます。
今日はどうしたら物事を継続して
気持ちよく続けることができ 

自分も周りの人も
それによって良い思いができるようになるのか?について
書いていこうと思います。

物事を継続するコツは
①飽きっぽいなら一度リセットしてゼロに戻す
②心をきちんと込めてやる
③手助けを求める

この3つです。

 

飽きっぽいのなら一度全てやめてみる

 

私もかつて飽きっぽくちょっと何か面白そう、と
手をつけては「やっぱやめよう」と
やめたりしてました。

けれども、ちょっと初めてすぐ辞めることを
繰り返していると
段々と、焦ってくることがありませんか?

いつになったら、私は何かをモノにできるのだろうか?と。

「新しいことを始める」「経験したことがないことをすること」
ワクワク探しに疲れた時にへにも書いたように
中毒性があると思います。

何かしてないと、不安である。
何か新しいことにチャレンジしてない自分は置いていかれる、など。

飽きっぽいと自分のことを思っているのなら
一度、全部やめてみる、休んでみるといいです。

一旦、ストップしてやらなくなった時
本当にやりたいことだけやればいい、ことがわかります。

継続ができない人は
いろんなことをいっぺんにやろうとし過ぎているパターンは
多々あるケースです。

 

心を込めてやってますか?

 

「今の自分にできる範囲のことをする」ことに
罪悪感があるのは
欲張りだと思います。
    
できる範囲で気持ちよくすればいいのに
できる範囲を超えて無理して完璧にやろうとして
心身の調子を崩し
人がやらないせいだ、と人のせいにし
  
それでぷりぷり怒ったり
病気になったりするのでは
  
誰も手を差し伸べようもありません。

人はだんだんと、周りから遠ざかっていくでしょう。
いつも寂しいから、余計に頑張って何かをして
認めてもらおう、褒めてもらおう、とするでしょう。
終わりのないサイクルです。
  
そして、
「こんなにやってるのにもういい!」と
ゼロに戻そうとするのなら
できる範囲で、20%の力でいいから
やってみる。
20%の力でやる時にも
「こなす」のではなく「心をそこに込めること」が
すごく大事なことです。

こなしてる自分でいいや、となると
日々は手から砂が落ちていくような
なんの充実感も残らなくなり
結果、もうやめちゃえ、となってしまうのです。

その時々の自分の体調や気乗り具合、
身近な人たちとの関係性、など
日々、刻々といろんなことは変化していきます。

「今日、自分はどの力量でそれに取り組めるのか?」を
自分で見極め、自分で決めた力量で心を込めてやること、です。

そこに他人からの評価とか、承認を期待すると
ロクなことになりません。

他人の評価とか、承認を気にする人は
20%の力でやっている自分を
ダメだ、とダメ出ししているのです。
この程度しかできてない自分は、全然ダメだ、と
やりながらすでに怒って、投げやりになったり
どうせ、と思ったりして、上の空なのです。
たとえ20%の力量で今日はそれをやるにしても
そこに心を込めていたのなら
恥ずかしいと思う必要はない、と
思います。

恥ずかしい、とか、ダメだ、と思うのは
やっつけでそれをやっているからではありませんか?
  

逆に、常に120%の力量を出すことを目指し
無理をしているから継続が難しく、
でも怖くて止めることもできないからぷりぷり怒り、
しかも、感謝されたい、認められたい、褒めてもらいたいなんて
叶うのかどうか?私にはわかりません。
  

こういう人の周りにいる人はとても困っています。
手を差し伸べようがないからです。
ほれ、こんなに疲れてても、わたしが頑張って作ってやったメシを食え」というような
態度で、ご飯を作られても、作ってもらった人は
体調が優れなくても残すこともできず
とても気の毒です。
そして「ほれ、こんなに疲れてても、わたしが頑張って作ってやったメシを食え」
という気の入った料理を口に入れ続けたら、
間違いなく病気になります。

これは料理だけではなく
私たちが行なっている行為にどういう心を、気を込めているか?は
料理にしても、仕事にしても、その出来具合以上に
「気のこもり具合」の方が実は、周りに与える影響が大きい、ということを
あまり人は気にしていないようです。

患者さんのおばあさんがよく、外来でこぼしていました。
「嫁さんが作ったご飯は、硬くて食べづらいけど
残せば残したで、怖い顔で睨まれて次から作ってもらえないかも、と思うと
頑張って、時間をかけて、噛んで飲み込んじゃうしかないんだよ」と。

そのような話を聞くと、私はいたたまれない気持ちになって
なんと声かけしていいものか、本当にかわいそうだと思います。

物事を継続するためには、
今のできる範囲のことができている自分をよし、と「自分で」することです。
「誰かに「」よし、と言ってもらおうとするから
誰かからよし、がないと、怒るのでしょう。
 

手助けを求める


  
今、今日、自分ができる範囲のことを気持ちよくする。
自分がする分では足らないのなら、他の人にお願いしてみる

他の人に「足らないので、ちょっとお手を貸してください」と言えないのは
他の人に任せることで「自分が正しいと思っている方法でやってくれないかもしれない」とか
「頼んだら、その人の方が自分より上手くできてしまったら、自分の立場がなくなる」とか
「やってもらって自分が気に入らない出来具合だった時に困る」とか

そういう自分の心の中に、自分が正しいとか、相手と自分の上下関係の判断基準
たくさんあるから、でしょう。

他人に「ちょっとお願いします」と言えないような頑なな心を手当てできるのは
自分しかいません。

自分ができるときは、自分が気持ちよくできる範囲で心を込めてやり、それでよし、とする。
自分ができないときは、他の人にお願いする。
自分しかできないことであれば、こなすくらいならその日そのときはやらないでおく。
自分がやらなくて、困ることは、誰か他人がやる場合もあるし。

継続することによって、何かの形になったり
人助けに結果、なったり、することもありますが
でも、「やらなければならないことなんて一つもない」のです。

自分の体を壊したり、自分がプリプリ怒ったりしながら
やらなければならないこと、なんて一つもありません。
自分がやらなければ、必要なことは他の人がやります。
無理をして、継続して、その結果自分も周りも悪い雰囲気になっていたのでは

一体、誰のための、何のための継続なのか?
わからなくなります。

物事を継続するコツは
①飽きっぽいなら一度リセットしてゼロに戻す
②心をきちんと込めてやる
③手助けを求める

この3つです。



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内科医の私がなぜ、情報発信をしようと思ったのか?
また、私自身が生きづらさからどのように
今、気楽に適当にニコニコと生きるようになったのか?

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女医とも子物語

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