年取るまでの辛抱我慢だ!?

「今、辛抱我慢してさえいれば、年を取ったら楽になるから」

これは本当なのでしょうか?

私たちは「今さえ辛抱我慢すれば後で楽できるから」

そうやって「今を良くするための工夫」を若い時からしなさすぎる

年をとってとても辛い日々になるのかもしれないな、と

ある70歳代の女性のお話を聞いていて思いました。

 

私は尽くしてきたのよ、好きじゃない夫に。

 

女性は「まったく眠れない日が週に2日あってつらすぎるので

もっと強い睡眠剤がないか?」と外来にやってきました。

「以前は生きてるのも辛すぎて、過剰服薬して死のうとして死に切れなかったのよ」

そうおっしゃいました。

何がそんなに辛いのか聞いてみました。

 

「お見合い結婚で3回しか会ったことない人と結婚して

私は尽くてきて、子ども2人にもお金をかけてきちんと育ててきた。

けれど、今私には何も自由がない、畑の中の家に引っ越してきて

一ヶ月の間、出掛けることがほとんどない」

ということでした。

怪我をなさってからお子さんの家の近くに引っ越してきて

近くに友達もいないと。

お金はあるけど、それを使って自由に出掛けることが許されないのだそうです。

「娘が心配して、出してくれない」と。

夫は「好きにすればいい」と言っていると。

 

女性はつまり、これだけ家族に尽くしてきたのになぜ、

「今、自分がこんなに不自由なのか、許せない!!」

そういう怒りを溜め込んでしまい、結果夜も眠れなくなってしまっていたのです。

 

今、すぐできることをしてみること。

 

家を出ることも考えている!とおっしゃる女性にお話したのは

「嫌いな夫と同じ家にいるのもいやだ!と自分が家を出ることを考えるもいいけれど

ハードルが高すぎて今すぐには、できないでしょう。

でも、たとえばお金があればタクシーで迎えに来てもらい

友達と出掛けたり、あるいは2泊程度の旅行に行くことなら

すぐに、できることなのではないですか?」

そう言いました。

「もったいないです。せっかくそれだけ頭も働きお話もしっかりされていて

身体も動くのに、お友達も会おうと思えばいるのに、自分を鎖でつないでおくのは」と。

 

お話をしていくうちに、女性の目はキラキラとしてきました。

70代のおばあさんから、若い女性のような顔つきになりました。

「そうそう、昔は私もお友達としょっちゅう海外なんかも

行っててね、それで向こうにこのまま住んでしまいたいなんて

思ってたのよね」

そう、思い出して教えてくださいまいした。

 

人は幾つになっても、「これをしたい」をやるために

一つハードルを越えて「やってみる」ことをしない限り

植え付けられた固定観念によって、行動をして自由になることは

できないのですね。

 

年をとれば、楽になるのではないのです。

むしろ、年をとればとるほど、制約は大きくなるのだな、と女性のお話を聞いていて

感じたことでした。

 

家族によって縛られる

 

「娘が、娘が」と何度もおっしゃいました。

結局、家族は誰かを「心配だ」という理由で縛り付けるケースが

とても多いですね。

それは親が子どもにしている時期もあれば、子どもが成長して

今度は子どもが歳を取ってきた親を「何かあったらどうするのか?」と縛り付けることもあるのです。

 

家族が家族によって不自由になる。

まだまだ十分いろんなことができるのに縛り付ける。

なぜでしょう?

 

「家族が支え合うこと」と、家族が依存し合う、執着し合うのでは

まるで違うことだ、と思います。

「何かあったらどうするんだ!?」という根っこには

「死んだら困る、今いなくなられたら困る」という

「その人が生きててくれないと、自分が生きていけない」という恐れがあるのでは?と

私はいろんな家族の最期をみてきて思うことです。

 

もし、ひと一人の生き方を尊重していたら

「その人がしたいことをあらゆる理由をつけてさせないようにする」

ということはできないでしょう。

でも、尊重するのではなく、自分の不安があるのでコントロールしようとすると

正当そうな理由をつけて「今と違うことはしないように縛り付ける」のですね。

 

辛抱我慢の先にあるものは

 

いつかの自由のために今を辛抱我慢し続ける。

結果はどうなるのでしょうか?

自然に楽になったり、自由になったりするのか?というと

そうではないと思うのです。

やはり、「こうなりたい」という欲求があるのなら

それを今できる小さなことから行動にうつすこと。

うつすことによって、周りと摩擦が起こるのかもしれません。

 

けれどやらないことには、辛抱我慢が続くだけ

「なんでこんなにしてきてあげたのに!」の怒りばかりが募るだけ。

結果「過剰服薬をして死んでしまえばいい」という自分の人生を

やめてしまいたくなるほどに、人は絶望するのでしょう。

 

やってみたら、家族はそこで考えるでしょう。

一人の行動が周りとの関係を変えるでしょう。

変えること、変わることを恐れることはないと思います。

なぜなら、人が自分のことを真剣に考え、前向きに努力する姿を

嫌うひとは、いないと思うからです。

たとえ、身近な人が反対したとしても、自分の人生に真摯に取り組むひとのことを

誰も一人として応援しない、見捨てる、ということはありえません。

 

辛抱我慢するより、自分の欲求に沿って前向きに行動していくこと。

自分の欲求に従って前向きに努力をしていれば、今、辛抱我慢していることも

「我慢せずにできるようになること」に変化することもあると思います。

たとえば、私は「家事」「子育て」はとても大変だし、子どもが育つまでは

我慢だ、と思ってきました。

実際、日々のお世話は大変だし、一つ一つあげたらキリがないほどです。

 

けれども、私は自分が勉強したいとか、やってみたいことをどうにか工夫して

やってみるようになりました。

最初は「そんなことしていたら、いけないんじゃないか?」と罪悪感がありました。

けれども、そうやって悩みながらも、前向きに行動をしていくと

子ども達も結果、積極的に学校生活に参加するようになったり

自分のことは自分でやるようになったり

そして私は「家事」や「子育て」が大変だ、と思うことが少なくなりました。

 

結局、「自分が家族のために犠牲になっているのだ」という想いが良くなかったのだと

思います。

犠牲になっている、と思うのなら、さっさと犠牲になるのをやめたらよかった。

大変なことは大変だから、手伝ってもらうとか、やらないようにするとか、

非完璧主義になるとか、で犠牲にならずにすむようにして

自分がしたいように、トライをもっと早くからしていたら良かった。

本当にそう、思います。もったいなかった、と。

あの時間、自分が我慢して犠牲になってると、実際にみんなのことが重たかったし

実際に私に乗っかっていた人はたくさんいたし

それを許していたのも、わたし。

「そういう扱いをさせていたのは、わたし」です。

 

 

さて、行動するのはいつでしょう?

子どもが○○になったら?

夫が○○と言ってくれたら?

親が許可をしてくれたら?

いったい、いつですか?



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