寝る前に不安になった時

「寝る前にいつも不安になってしまうんです」
そのような訴えは多いです。
 

昼間、忙しく、何かに追われたりしている時には
感じない、この気持ち。

一体、何でしょう?

 

ホントの気持ちを隠してませんか?

 

大人には通知表なんて、もうないんです。
 

働いてても、専業主婦であっても
ママであっても、結婚してなくても、
どんな状況であっても

「わたしはこれでいい」と心からよろこんで思えてたのなら
不安は湧いてこないでしょう。

「わたしはこれでいいもん!」とホントは今の状況が
嫌なのに、「だってしょうがないじゃん!」と
怒っているのにそれを隠し
通知表で良い成績を取りたいがために
嫌な状況をそのまんま維持しよう、と
頑張っている

夜、静まり返った時
ふと、不安がやってくるのではありませんか?

 

大人には、もう、誰も通知表なんてつけません。
誰もが自分のことで精一杯で、
他人のことをあれこれと判断したりして
みてないのです。

が、周りを見渡してみると
「他人の目」「世間の目」を気にして
「他人から見て、わたしはどうだろうか?」
「世間的に、今のわたしってどれくらいのポジション?」

そんなことばっかり気にして
自分の素直な気持ち、感情を押し隠し
「なるべく良い成績」をもらうために
耐えて我慢して生きてるのなら

そりゃ、今の自分に対する怒り
それを正当に評価してくれない周りの人への怒り

そして、今のままわたし行ってしまっていいのかな?という
将来に対する恐れが湧いてくるのも
自然なこと、でしょう。

恐れは、今、あることに対して湧いてくるのではなく
将来、まだ起こってないことについて

勝手に自分が妄想して
「こうなったらどうしよう」
「ああなったらどうしよう」
それに対して、未だ起こってないこと、について
湧いてくる感情です。

妄想するくらいなら

「じゃあ、明日はどんな風に過ごそうかな」
自分の気持ちに従って過ごせるように
具体的に考えてみる

怒りや恐れは消えていきます。

が、怒りや恐れをなかったことにしたいがために
人は、自分の中の感情を、よく見ようとしません。

それが漠然とした不安となって
毎晩、やってくるのです。

 

自分の感情を怖がることなんてない

 

不思議なのは、
自分がマイナスと言われる感情を
抱えていることを認めるのが、嫌だ、怖い、というのですが

どうして、マイナスと言われる感情を抱いたら
いけないのでしょう?

悲しさ、悔しさ、怒り、
それらがあるからこそ
人は、行動に移せるのではありませんか?

いつも嬉しさ、喜び、笑い、にあふれていたら
それは幸せです。
が、人が行動に移すのはマイナスもプラスも関係ない
素直な自分の感情を感じるから

「じゃあ、こうしてみよう」と
歩めるのではありませんか?

 

「マイナスの感情を持ってる自分は
まるで世間からせせら笑われてるようで
惨め」

これが奥底にあるモノ、なのかもしれませんね。

誰も、他人のことなんて気にしている余裕ないのです。
誰も、自分のことなんて、真剣に見てません。

なのに、他人、世間を気にして
自分のホントの感情すら、隠そうとする。

とても、不思議ですね。

隠せば、隠すほど、
隠したモノは肥大して
夜になると、それが不安となって
やってくるでしょう。

 

「嫌だ」
という感情は、とても大事なものです。

「嫌だ」から「〜する」
これができないと、どうですか?
 

「嫌だ」けど「我慢すれば良い成績が取れて認めてもらえるかも」

いつまで、それを続けましょうか?
その、成績表は、いつ、もらえるのでしょうか?
もし、もらえるのなら、
その成績表を見て、満足ができますか?

 

自分が満足すればいい

 

不安がやってくるのなら
自分のこと、を観察してみるのです。

何が、どう、不安なのか?
何を起こっているのか?
何を恐れているのか?

眠れないのなら、メモに書いてみることです。
具体的に、正直に、書いてみることです。

自分のことを、客観視することです。

もし、自分でそれができないなら
カウンセリングを受ければいいですね。
自分のことをまともにみるのがもう、
こわくて、見たくないケースだってあります。
そういう時に、カウンセリングを利用してください。
(わたしのカウンセリングの詳細はこちらから
カウンセリングルームroom18

 

自分を客観視して、具体的に明日から
どう、過ごそうか?考えてそれを実行してみる。
実行して、すぐ、結果を出そう、としないこと。

習慣が身につき、状況が変化するのには
数ヶ月〜一年単位で時間が必要です。

多くの人は、インスタントにすぐ、結果を出して
誰かに認めてもらおう、として
焦っています。

誰かに認めてもらおう、としている限り
不安が消えることはありません。

結局、自分が自分に満足するように
自分が嫌なことは極力やめたり、減らす、
自分が嫌じゃないように過ごす
なるべく好きなことをする時間を持つ
疲れたら、安心して眠れる自分でいる

「気分良く過ごせる自分になる」
そうすれば、自分で自分に満足できるようになります。

 

「どうしたら自分が気分良く過ごせるのか?」こそ
生きてる限り、日々、考えて自分で答えを出す問いかけであり

誰も他の人は「あなたはこうしたらいいよ」と
教えてくれはしません。

 

わたしは、家事を追われてしたくない、と言いましたが
それはわたしにとって、の答えであり
誰しもが、家事をやることを楽しめ、と言っていません。

が、人が出した答えを頼りにしている人は
「わたしは家事が苦手で、できてないから、ダメなんだ」と
そんなことですら、落ち込んでしまうのです。

他人の答えに頼っていると
キリがありません。

他人の答えは自分の答えには
絶対、なり得ません。

本を読んだって
セミナーを受けたって
その通りにすることで自分が気分良くなれるなら
そんなに簡単なことはありませんね。

 

「どうしたら自分が気分良く過ごせるのか?」こそ
生きてる限り、日々、考えて自分で答えを出す問いかけであることを
いつも、気に留めて過ごしていたのなら

数年後には、きっと
「わたしは、この生き方が気に入っている」と
自分に満足ができるようになるでしょう。

誰も他の人は「あなたはこうしたらいいよ」と
教えてくれはしません。



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内科医の私がなぜ、情報発信をしようと思ったのか?
また、私自身が生きづらさからどのように
今、気楽に適当にニコニコと生きるようになったのか?

その過程を書いた記事をこちらで公開しています。

女医とも子物語

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