どんどん楽になる生き方〜保存版

今日、とある人に会ってきました。
ヒントをたくさんいただきましたので
その中から、まず一つ一番大事なことを
シェアします。

今、もし、生きづらさでいっぱいで
頑張っても、上手くいかない、空回り、疲れるばかりで
何の成果も出ない、と
少し投げやりになったり、落ち込んだり
怒ったり、している方へ
お届けします。

どんどん楽になる生き方とは
「私は人としてどう、生きるか」だけを
考えて日々、過ごす生き方です。

 

役割としての自分を生きる生き方

 

私たちが、生きづらくなる理由の一つに
細かい役割がたくさんあり
それらを全て、完璧に演じることに
夢中になっているから、ではないでしょうか?

会社に行けば、同僚よりも仕事を早く終わらせたい
家では良い母、良い妻として、どうするか?
ママ友といるときには、どうしたら上手く馴染めているか?が気になる、
彼氏を探している時は、どうしたら自分が素敵な女性として
見られるか?を気にする。etc.

これらすべて、
「自分をどう生きるか?」からはどんどん離れていく
生き方です。

そして、他人の物差しがないと
自分でも自分がどのあたりの位置にいるのか?
わからないです。

だからこそ、SNSでも、
「私どうですか?」
「私、できてますか?」
「私、キラキラしてますか?」
「いいね、たくさん付いてます!」

常に、自分の役目を果たしつつ、
他人との競争、
自分が損してないか?
自分が得してるか?
自分が置いてかれてないか?
きちんと成果をもらっているか?
費用対価はどうか?etc.

そういう勝ち負けの生き方になります。
勝ち負けを競っていれば、それは
いつも緊張して、周りは敵だらけ
上手くいったとしても、いつ足元を誰かに救われるかもしれない、と
怯え、
上手くいかなかったら、あの人はうまくいってるのに!と憤慨して怒り、
良いことがありません。

別に、競争なんて無意味、とはいってません。
勝負が必要な場面だってあります。
ただ、日々の暮らしが競争になると
それは消耗だけで、たとえちょっと得しても
どうせその徳はすぐに、自分自身で使い果たしてしまうでしょう。

いつもいつも、役割を完璧に演じてないと
不安な生き方、は辛いです。
長続きもしないし、自分に何も残りません。

 

役割ではない自分としてどう生きるか?

役割ではない生き方って何よ?と思いましたか?
みんな、役割もあるし
性別もあるし、見た目も違う、
それぞれに役目があるから、成り立ってるんだ!と
思いますか?

でも、それを演じろ、とは言われてません。

私が今日、聞いてきたお話の中で印象的だったのは
「女性だ、男性だ、なんて関係ない。
人としてどう生きるか?
そこを磨き上げて行けばいいだけだ」

この言葉です。

これを聞いて、私はとても楽になりました。

皆さんはどうですか?
女性として、頑張ってませんか?
母として、頑張ってませんか?
先生として、頑張ってませんか?
会社員として、頑張っていませんか?
妻として、頑張ってませんか?
男として、頑張ってませんか?

すべて、役割です。

そうではなく、
人としてどう生きるか?」
それだけを考えて、陰徳を積む生き方をすればいいのです。

陰徳を積む、というのは
人知れず、人の役に立つための行動をすること。
自分の損得ではなく
影ながら、役立つことを積み上げていくことです。

それに付いて、認めてもらいたい、
承認してもらいたい、評価が欲しい、これは
「陰」徳ではなく、表ですね!w
もろ、人から認めてほしくて、
「ねえねえ、やってあげたよ、感謝してる?」
「ねえねえ、これどう?嬉しい?」
こういうのは、陰徳ではありません。

あるいは
「私は社長よ!すごいでしょ!」
これは、すごくもなんともなくて
自分が社長や、会長であっても
それだけでは、他人にとって徳は何も与えてません。

目立たぬところで、密やかに徳を積み続ける。
これは、とてもいいです。
誰の評価も得ることがなくても
「私は、それをする」と決めてやることです。
誰にも感謝されなくても、「私は、それをする」と決めてやることです。

やったら、それでおしまい。
もちろん、相手にきちんと徳を与えているか?
自分の目は常に必要です。
自己満足が、徳を積むことではありません。
そして、また、次に目の前に来た人のために
自分の仕事をすることをひたすら繰り返す。
人として、どうするか?のみを考えて
尽くすのみです。

そうやっていると、とても気持ちがいいのです。

誰も見てないところでも、天は見ています。
そして、陰ながら徳を積み上げていくと
天は協力をしてくれるようになります。
成るように成る、というのは
陰徳を積んでいる人にとっては、
成るように成るんだから、問題ない、と
穏やかで、心から安心しているから言えることなのです。

やることをやってない人
「成るように成る」というのは
天の協力なんてなく、本当に
行き当たりばったりに振り回されてるだけです。
それに付いて、落胆したり、歓喜したり
アップダウンが激しい生き方です。
疲れます。

自分が徳したいから、他人に徳を積もうとすると
それは失敗します。
あるいは、自分が得をしたいから、
ありがとう、と言い続けたり、
自分が得をしたいから、笑顔で居続けようとしたりしても
自分が得することなんてありません。
疲れて、何も変わらない!と
すぐにやめてしまっておしまい、でしょう。

そうではなく
誰が見てなくてもこの場面で人として
私は人としてどうするか?だけ考えて
正直に行動していると
それがうまくいかなかったとしても
自分に嘘がありませんし、
自分に納得します。

よって、辛くありません。

しかも、場合によっては、徳も積めてて
あとあと、自分が積んだ徳を自身では得られなくても、
自分の大事な人が、以前に積み上げた徳によって
救われたりする場面が、出てくるのですから、
とてもいいことです。

役割から離れ
「私は人として、ここはどうするか?」
それだけを日々の場面場面で考えて生きる生き方は、
清々しいです。

勝ち負けでもなければ
人に見せないのですから
なのです。

どんどん楽になる生き方とは
役割から離れて
「私は人としてどう、生きるか」だけを
考えて日々、過ごす生き方です。

とてもシンプルだ、と思いませんか?



*************************
内科医の私がなぜ、情報発信をしようと思ったのか?
また、私自身が生きづらさからどのように
今、気楽に適当にニコニコと生きるようになったのか?

その過程を書いた記事をこちらで公開しています。

女医とも子物語

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です